fc2ブログ

佐藤一彦一日一語

平成19年の元旦祭






謹んで初春のお慶び申し上げます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。平成19年元旦


「平成19年と改まる年の始めの豊栄登りに、掛巻くもかしこき 吉水神社の大前を謹み敬いて、ささよごと 春たちかへる 新玉の
にひ年寿(ほが)ひ 初日の出 うららうららに 豊栄登る 美し(うまし)朝明け 紫に 水霧る(みなぎる)真奈井(まない) 越智水に(おちみずに) 身 禊ぎ清め 斎回り(ゆまわり)つ 言寿ぎ奉る(ことほぎまつる) いや立ち栄えしめ給えと弥栄弥栄・・今年が「平らけく安らけくあれ!」


皆々様の、「健康で幸せな」一年でありますように、心から御祈りいたします。どうぞ今年の春には、 
吉野山の「桜の花吹雪」に感動し、生きる力を漲らせて下さい。

平成19年の元日は、穏やかで初詣で参拝される方々の顔も明るく、交わす「おめでとうございます」にも何となく元気が漲っていて嬉しかった。

スポンサーサイト



  1. 2006/12/31(日) 21:51:44|
  2. 公開用
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:18

今日は、除夜祭





「除夜祭」
年越しの祭とも云う。12月31日各神社で執り行われる大事な祭礼である。古来人々は、年籠りとして神社で、年始を待ち、そして元旦を迎えていたが、最近は簡素化され、元旦の未明にお参りする風習となった。


年越しは、一年の境目で、大晦日から元旦にわたる大事な時間で神社としても「大祓の祝詞」を奏上し恭しく新年を迎えるのである。夕刻に「除夜祭」の神にお供え物を奉り、恭しく今年の一年に感謝し、来る年の五穀豊穣と平穏を祈る行事である。

地方では「オオトシ」とか「トシノヨ」などとも呼ぶ。「あえのこと」として祖霊来訪の時でもあり、人々は物忌をし心身を清め、神々にひれ伏す。

とにかく、一年間無事に生きさせていただいた事を神に感謝申し上げ新年には神の大いなる恵みを祈念するのです。
大祓いの祝詞は、一年間の罪や穢れを祓い落とし、心身ともに不正不純を神の霊力で祓い清めて、素直な
誠で浄化された心を取り戻すのである。明るい来る年に希望を持ち、正しく清く生きて行くことを、神に約束する行事である。これをするから、古来日本の家庭は崩壊しなかった。

  1. 2006/12/31(日) 09:40:28|
  2. 公開用
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

青山繁晴 絶叫 硫黄島(イオウトウ)現地取材

青山繁晴 硫黄島(イオウトウ)現地取材その1



青山繁晴 硫黄島(イオウトウ)現地取材その2

「一杯の水が飲みたい」という心の叫び。
「故郷に帰りたい」という強いニホンの市民の思い。


「擂鉢山に星条旗」の賞をとった有名な写真も何度か撮りなおされました。

真実の欠しいとまでは申しませんが、栗林忠道中将が家族に宛てた手紙をまとめた 『「玉砕総指揮官」の絵手紙』をモトにしたクリント・イーストウッドの映画(フィクション)もいいですが、現在も未だ硫黄島(イオウトウ)で亡くなられた1万3千人の日本の市民は(硫黄の)土の中や滑走路の下です。もうひとつの真実に目を向けてほしいです。
もうひとりのメダリストにも光をあててください。
硫黄島(イオウトウ)で亡くなられた一般の市民に自分の心をシンクロさせてみてください。

あたしは以前ヒューマンチェーンに対して、本当に人々に何かを伝え、うったえたいのなら、泣けない映画『硫黄島からの手紙』を観てほしいとあたしのある記事にコメントを書いたことがあります。何故なら、映画としては評価しませんが何かを伝え、うったえるという手法は評価していたからです。何故、クリント・イーストウッドをはじめ、渡辺謙、二宮和也クンが、メディアに引っ張りだことなり、映画を無料で宣伝できたか考えてほしいと思ったからです。
現在もちょっとした硫黄島(イオウトウ)ブームとなっています。
しかし、想像通り国会にデモをする方々はその分析はおろか、単に感動したり、イラクや過去の対戦の悲惨さを訴え、平和を唱えるのみのエモーショナルなものばかりのように感じています。
何故、クリント・イーストウッドように自分らの運動が共感されないのかをもう一度、考えてもらいたいものです。
『硫黄島からの手紙』を観てほしいと書かずに亀田親子をみて分析してほしいと書けばよかったのかと少し思っています。

直ぐに解散する時間限定のヒューマンチェーンをして表現・言論・思想・良心の自由等の大切さをうったえ、平和を唱えるのであれば、先ずは亡くなられた日本の市民を故郷にかえすようにうったえてほしいものです。
「何が平和だ」と硫黄島(イオウトウ)の多くの英霊は言っているかもしれません。

「あたしが3選出馬表明した(現在劣勢の)パフォーマンスのみの石原都知事なら東京都である硫黄島(イオウトウ)に眠る多くの英霊のために動くでしょうね。

参考URL
硫黄島守備隊ご遺族の、しゅういちさんへ







(気が向けば訂正・改訂あり)





  1. 2006/12/31(日) 00:23:56|
  2. 何が、誰が日本を駄目にさせたか?
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:8

細木数子を占う・・「来年はテレビから消える」








傲慢無礼者!日本国民を愚弄し、騙し続ける。「死ぬわよ詐欺」・・古館の「ニュ-ス捨てション」も嘘くさい。



昨日の、ニュ-スステ-ションを見た。多くの国民は怒っている・・細木は「北朝鮮に欲しいだけ、金や米を支援しろ、相手が欲しいだけ経済支援するんですよ・・・横田さんは、北朝鮮に行き、孫と会うべきだ!」・・・どの口さげて、そのようなことが言えるのか?本当に日本人だろうかと疑った。「ああ、この人は、日本人の国民の痛みがわからない・・・「ごうつくババアだ!ペテン師だ!」と確信した。滅多なことでは怒らない私も、あの発言には、激怒した・・・腹わたが煮え返るほど怒った。・・細木が、無性に憎かった。

「今どれだけ、全国の拉致被害者を救う会が苦労し・・金正日に苦しんでいるか、他人事のようないいぐさである。「細木数子よ、それほど北朝鮮の国民に経済支援したければ・・・まず自分の全てを売り倒して・・貴金属を全て売り・・北朝鮮に欲しいだけくれてやれ・・・・」

横田さん夫婦が、どれだけ我慢しているか・・どのような苦しみに耐えているか、知らずに平気で、よくも、「おばあちゃんが孫に会うのは当たり前」などと、非常識な事を言ったな。見ていろ・・・あまりにも傲慢で,神や仏も恐れぬ暴言の数々・・・世間が許しても・・神々の眷族の怒りをかうだろう。あなたのこれからは「大殺界」・・あなたは安岡師の弟子でもない・・単なる財産目当ての結婚詐欺師です。

われら、安岡教学の弟子達は、名前をかたられて迷惑千万、安岡師のご家族も、迷惑を受けている。先生も寄る年波で痴呆がかかられた際を狙った襲う女狐の行為であり。住友病院で面会を強要した。あんたの鬼の顔から・・嘘の涙を見たときから、我々は・・細木数子が信じられない。全国師友会を代表して抗議する。二度と先生の名を語るな。何故ならば先生の弟子の中に、あなたのような「品格」も「胆識」もない人が弟子なわけが無い。「先生の弟子は「木鶏」のよう「沈深厚重」な方々やで・・貴女の様に、べらべらしゃべる「饒舌な嘘つき」は弟子でも仲間でもない。

「墓を買い変えなさい・・・不幸がくるわよ!」・・・恐くも無い・・あんたの「死ぬわよ詐欺に」日本人が目覚める日も近い!
今年は、「細木数子と石原真理子」の女性として「下劣でル-ル破りの破廉恥女に吐き気を催した。来年こそこのような下品な人がテレビに出ないことを祈る。
最近、細木数子の顔が益々悪い顔になってきた・・・人々の弱みを・・・「言わしてもらうわよ・・」な
どと、健康や恋愛の悩みを口からでまかせを言う時の、あの細木の目の落ち着きの無さは「魔女」のそれである。


細木数子がこれまでに言った、無慈悲な言葉「いじめとも取れる言葉」
細木は花粉症の人に「花粉症の人はねえ~・・・・つまり、心が汚いから花粉症にかかるんだよ」・・この言葉は、花粉症にかからないから、いえる言葉で、全国の多くの花粉症に苦しんでいる人を傷つけた。

「モンチッチさんは、改名しても、ぜんぜん売れてませんね?」と問われると、細木は、ふてくされて「人に言われて、ホイホイ簡単に名前を変えるのは、馬鹿のすること・・・私の責任ではないんだ」

「次期総理は、武部さんと言いましたね、安倍総理になりましたが」・・というと、うさんくさそうにすぐに、「当たらない時もあるわよ」と恫喝する。

細木が最後に必ず相談者に言う言葉「墓石買わないと交通事故に遭うわよ」と「霊感商法」の匂いがする
言葉を吐く。たもりが、細木に言う「昔・・・脱いでましたよね。・・・週刊誌にでてましたよ」・・・
というと俄然怒り出し「脱いでないわよ・・馬鹿なこというと、この世界におれなくするわよ」と啖呵をきったヤクザの世界である。

今まで、「掘江モンや村上」に肩入れして、今も品の無い「そのまんま東」を応援するという・・・どこか、変な女性である。・・・TBSは異常に細木をテレビ出すのは、裏がありそうである。中国、北朝鮮の工作員かもしれない。


この写真の人たちは、どうしても体質的に・・あまり好きになれません・・・私だけだろうか?

  1. 2006/12/30(土) 17:35:17|
  2. 一刀両断(切り捨て御免)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:20

武士の一分を見て感動した!










「必死・・すなわち生くるなり!」・・「人には、命をかけて守らねばならない、一分がある!」・・理性でも感情でもない・・心が一分を決めるもの・・・・「信じられる一分を、今日も探している」この映画を見て多くの人々が泣いた!感動した!


映画を見て泣いたのは・・久しぶりである。「武士の一分」を見て感動した。最近の日本映画は、段々と良くなってきた。木村拓哉は、素晴らしい演技である。殺陣の鋭さが見事である。剣の筋がしっかりしていて、手の内が、よく決まっている。切り返しての,後の身を捨てて,すかさず懐に入り飛び込む動作に渾身の迫力がある。「キムタク」おぬしできるな?と叫びたくなる。

妻の加世を演じている・・映画は、初出演の「壇 れい」が素晴らしい演技力であり。この映画を最高の物にしている。物腰のたおやかさ、一途に愛するけなげさ・・男性が求める「女性の美しさ」を次々に表現して切ない。
「そうでがんすか・・・」「・・・ありましね~だ」・・と加世は、伏目がちに夫に尽くす。壇 れいは、可愛らしさと、女らしさと、ういういしさをかもしだす。すごい俳優になりそうである。

「木村拓哉」の三木新之丞が、最初から笑わせる、時代劇には、なかなか少ないキャラクタ-であり、ニタニタと吹き出す。時代劇の硬さが無いから嬉しい。登城する前の朝、ため息をつく「ハア~」現代の社会のサラリーマンの会社務めの朝の風景でもある。妻の加世が励ます、「殿の前で大事なお勤めが出来るのですから」と慰める・・・新之丞「加世お前は、アホじゃの~殿など見えない片隅で・・・」と、「あほ~」と冗談を飛ばしながら、出かける。三木新之丞の魅力に、ぐいぐい引き込まれていく。

毒見役という30石の下級武士の命の重さを考える・・・ここは庄内藩なのか、どこの藩だろうと思いながら・・木部道場で剣術を極めた秀才の新之丞には、日々が物足りない「毒見役」不本意であろうと思う。

そんな、不満足さを、顔や態度で木村拓哉は、プロの俳優では出せない素朴な味を出して、見る人々に共感させる。やや寝ぼけた、嫌々お毒見をする態度から感じられる。

「壇 れい」の妻加世が、実に美しい。そして、「笹野高史」の中間の徳平が、すごくいい味の脇役をしている。「釣りバカ」の鈴木社長の運転手の時とは、また違う感じで笑わせながらも、心をじ~んと熱くさせてくれる。ボケ役の醍醐味をよくだしている。助演男優賞で表彰したいくらい素敵な、プロの演技である。

新之丞に異変が起きる「貝の毒」にあたり激しい痛みと高熱に3日間うなされる。今で言うと「ノロウイルスにあたり、下痢と嘔吐と高熱のひどい奴」その時の妻の加世がかいがいしく・・口移しで薬を飲まし続ける・・・「壇 れい」の唇とキムタクの唇が重なる。

ふと、「工藤静香の顔が」よぎる・・だが、再び喉を見る「ゴクリ」と口移しの薬が飲み込まれる。一命は何とかとり止めるが・・・目が見えなくなる。暗い世界に入る「新之丞」の苛立ちが、すごく上手く表現されている。嘘のつけない妻加世の葛藤も涙を誘う。

目の見えなくなった、サラリ-マンをいつまでも会社が面倒を見てはくれない。であるならば辞職するか目が見えなくっても出来る仕事を見つけるかである。妻は、必死に自殺を考える夫に、すがりつき命を懸けて守る。上司の「坂東三津五郎」の島田藤弥に、頼みに行く。
夫の役職の温存の見返りとして、身体を弄ばれてしまう。二度、三度・・・「夫にばらしてもいいのか?」という脅しについつい・・・・

いつの日か、妻の行動に不審を抱き、ある日、徳平に後をつけさせる・・・・許せない妻の加世の不貞・・・それで、自分がお城から30石扶持を受けていたことへの「自虐と虚しさ」が錯綜する。上司への怒りと、妻の裏切りに、のたうつ心の中の葛藤をすごく生々しく演じる。愛するが故に、妻を離縁する。荒廃とした家の中で「武士の一分」をつぶやきながら・・・見えない目で木刀にしがみつき振り回す。

「荒れる心」が木刀の木にあたる音でわかる。木村拓哉の剣のさばきは、するどい・・・縦に振り下ろす時に、木刀の剣先が真っ直ぐである「ビュ-」っとぶれがないのである。これは、必ず「剣道の心得」がある者の振り下ろしであるとわかる。役柄だけで木刀を振ると、剣先が波を引く・・・・だがキムタクは、縦も横もぶれていない・・・おぬしも「やるもんだ」と深く感動した。

川原での果し合い「武士の一分」のクライマックス、「共に死するを、心となす・・勝ちはその中に有り!」・・・「緒方拳」の木部孫八郎の声がする・・・免許皆伝を与える時の言葉「必死すなわち、生くるなり!」・・・何事でも、死に物狂いでぶっかれば、生きる道があるということである。

「死中に活あり」というのである。見えない目で、真上から飛び降りてくる敵の肩先を切る・・・・倒れる、島田藤弥・・・「とどめ・・は」と従僕の徳平が聞く・・・・黙って去る・・・ああ、これで武士の一分を果たしたのだ

鳥かごの一羽が死んだ・・・・そして、もう一羽を空に返しながら・・・キムタクは、鳥篭を焚き火に燃やす。徳平が「飯炊き女を・・雇いましょうか?」・・「そんなことまで相談するな」・・そこで、何故か・・見ているものをほっとさせた・・次に展開する場面が想像できるからである。

「飯が出来ました・・お食べ下さい」・・・食べ始める・・「おや?・・・お前が炊いたのか」・・「いいえ・・先ほど言いました・・・・飯炊き女が・・」・・・「その女をここに呼べ!」・・・・・・・
そこからは・・・涙が溢れてよく見えない・・妻の加世を抱き締める。

「暗闇など・・・恐れない。例え・・目が見えず・・光がなくなろうとも・・・お前という光があるから・・・生きて行ける」と慟哭して・・抱き寄せる。泣いているのを見られたくない・・そっと襟を立てる。また涙が溢れる・・・「いい映画だ」と字幕を見ながら、つぶやいた。

「武士の一分」の意味するものは、それぞれの人が、異なるのだろうが、この映画は久しぶりに見ごたえがあった。今日は、概略だけしか、書けないが、もう一度しっかり見たいと思う、映画であった。久しぶりにこれほどの映画が見れたので、「武士の一分」の監督・原作者、俳優・・・そして裏方さんに感謝したい。

  1. 2006/12/28(木) 09:13:11|
  2. 宮司の照隅日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:20

「干支の活学」新年の「干支」が示す「行動の指針」を読み解く!



「干支の活学」平成19年の干支は、「丁亥」である。「盛んで、新旧の衝突もあり、大地は震撼する。ものの核心を冷静に見極めて対処する年」である。断じて「猪突猛進を慎まねばならない!」


[干支の活学]
平成19年(2007)の干支(カンシ・エト)は、「丁亥」(テイガイ・・・ひのと・ゐ)の年である。12支で言うならば、「いのしし」の年である。この、丁亥の年には、いったい全体、「何が起き」どのように「対処」していけばいいのか?その年を乗り切る為の鍵を「占う」のが「干支学」である。


毎年、歳末になると「新年の干支」について思う。安岡教学に「干支学」があるからである。人生は「温故知新」・・常に古きを訪ね、新しきを知りなさいという。私は、安岡正篤師の「干支学」を参考にする。「佐藤君、時代の流れや、天変地異を読む時の基本は、60年だ、経済を読み解く時は、30年そして、政治の流れや気象予報は12年で読むんだ」・・・「まず・・・丁という字を分析するんだ。「一」と「|」からなる「丁」は、「一」は従来からの動きが、次の新しい年にも続くと言うことだ。そして「|」今までの勢力とは別の新しい抵抗する動きが起きることを意味している。だから「新旧が、入り混じり衝突が起き易い年なのです」

わが尊敬し、常に叱って下さった「豊田良平先生」は、「いのししの年だから、佐藤君・・血気盛んになりやすい・・万物が丁壮になり、枝や茎が伸びる繁茂する年だからこそ枝葉末節にとらわれず根を観察するのです。「慌てず奢らず・・猪突猛進を慎みなさい」と繰り返し生前中は諭された。「猪の年」が来ると豊田先生は、「壁に私が、ぶち当たり、ひっくり返る様」を描いてよく笑われた。今、思い出すと私が、何事にも「直ぐに熱くなり」・・「後先を考えずに行動する」ことを「戒め」られたんだと・・「感謝する」

来年の「干支」から読めることは、何事も「盛んで勢いがすさまじい年」「ひっくり返りの起きる年」「新旧のぶっかり合う年」「天変地異の油断ならざる年」であることが予測できる。

気象を12年前にリンクすると・・・・・恐くなる・・・
平成7年(いのしし)1月17日午前4時46分の阪神淡路大震災から12年である。
また、2007年から7回さかのぼると・・・何と!1923年(いのしし)には、関東大震災も起きている、大正12年9月1日正午伊豆大島を震源として大災害が起きている。
不気味な地鳴りを聞かねばいいがと念じる。静岡・愛知・三重・和歌山沖はさらに警戒せねばなるまい。
自然破壊は、今・・中国が急激な繁栄の陰で「空を汚し、水を汚し、樹木を切り倒している・・神々jは中国や北朝鮮に怒りを感じられている」・・・危ない・・・本当に「神をも恐れぬ、愚かな民族達」・・
だから、どうするのか・・・常日頃から、「常在戦場」の心構えで有事に対応できるように準備を整えておくのである。事に応じて慌てふためかないようにするのである。「枝や葉に惑わされず・・物の本質を見抜きつつ公明正大に、かつ、冷静沈着に行動することであろう。

「猪のように真っ直ぐ」・「周りにとらわれず」・「一途に筋を通す」ことも大事だが、新しく実力を身につけた「新進気鋭」とか「斬新な人々」も必ず現れてくるので、重要な部分で関わり衝突しながらも、調和し共存共栄を図りながら「新たな道」を見つけて「前進」しなければならない年といえる。




「亥」という字は、文字学の古典「説問解字」によれば、「家の中で男女が二人並び何事か新たな命を交わり孕むという字でもある。だとすれば、最近の「少子化の時代」少しでも多くの赤ちゃんが誕生すれば喜ばしいと思う今日この頃です。猪は子沢山だから、昔からその様に言うのだろうか?


2007年を展望するには「60年前」の政治経済の動向や気象デ-タ-とか事件事故を検索して予測を立てなければならない。まずは、大きな出来事が起きて慌てる年である。大地震や火事、また水害とか竜巻の多い年である。最近の人は、「日本史も世界史」も知らない人が沢山いる。だから時代が読めず、真っ暗闇を手探りで生きているから恐ろしい。

「干支の活学年表」
歴  史(年表)       日  本   史        世  界  史

2007年「平成19年」  ?  

1947年「昭和22年」 憲法改正施行・ゼネスト中止令・独占禁止法   パリ-平和条約調印
             労働基準法制定・教育基本法の制定       台湾2・28事件
             配給だけで山口の判事死亡           南朝鮮ゼネスト
             キャサリン台風大被害死者2247名死亡    ソウル大デモ荒れる
             八高線高麗川脱線で174名死亡        国連パレスチナ問題総会
             全国で火災多発 マ-シャルプラン発表
                                    インド独立

1887年「明治20年」 明治憲法検討開始・保安条例公布       ブ-ランジェ事件
             三大事件建白書・花井お梅事件(明治一代女)
             日本初のピストル強盗事件
             北海道苫小牧地震大噴火

1827年江戸時代
1767年 〃      田沼意次老中に・
             天明の飢饉
1707年 〃
1647年 〃
1587年 安土桃山   秀吉九州平定・キリスト教禁ず
1527年 〃
1467年 室町時代   応仁の乱
1407年 〃
1347年 〃
1287年鎌倉時代
1227年 〃
1167年平安時代   平清盛太政大臣になる
1107年 〃
1047年 〃
 987年 〃
 927年 〃      延喜式
 867年 〃
 807年 〃
 747年奈良時代
 687年飛鳥時代
 627年 〃 
 567年古墳時代

  1. 2006/12/26(火) 10:45:04|
  2. 公開用
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:13

駒ヶ根の皆様に語る「山頭火」








宮司の講話・・「南朝の哀史と種田山頭火と駒ヶ根と・・」


「皆さん・・・・ようこそようこそ・・天皇誕生日を記念として、南朝の歴史を訪ねる旅を計画された皆さんに敬意を称します」

「長野県の駒ヶ根」から37名の「詩吟を愛する人達」をお迎えし、宮司は、先ほども・・皆さんの「芳野懐古」などを朗々と吟じられたのを聞いていますと、涙が自然に溢れてきました。

延元元年「12月28日」に後醍醐天皇は、僅かな兵をお連れになり、ここ吉水院に入られました。京都の花山院から、西吉野そして吉水神社の「後醍醐天皇玉座之間」の畳が、今も涙に、濡れていると伝えられています。そうです今も涙の跡があります。雨漏りの跡ではございません(笑い)

北畠顕家や新田義貞の戦死の報告を受けられた後醍醐帝は、その日は食事も取られず悲痛のあまり「北闕門」(ほくけつもん)から、遠く京都の空を仰ぎながら、慟哭されたという・・・

「伏し侘びぬ 霜寒き夜の床は荒れ 袖に激しき 山おろしの風」(後醍醐天皇御製)・・・どんなに御辛い日々であったことでしょうか。如意輪寺に後醍醐帝の御陵がございますが、北に向けてお墓が建てられていますのは、死して尚、京の都に再びお帰りになられたかった後醍醐帝のお心が察せられて、悲しくなります。
今日、南朝の山懐で楠正成や後醍醐帝の詩吟をされることに感謝します。楠正成や児島高徳の話を語る人が少なくなりました。どうぞ、皆さんは子供や孫に「桜井の別れ」を語り伝えてください。


さて、皆様の長野県駒ヶ根は美しい山に恵まれ、水も空気も清らかで、住む人の心も美しく・・・りんごが沢山獲れて、日本一の「ロ-プウエ-イ」があります。私も、最近駒ヶ根に行きましたが、食べ物も駒ヶ根岳からの眺めも最高でした。

今日は、皆様へ、私の大好きな歌人「山頭火」について、少しだけ話しましょう。山頭火は、本名は種田正一です。萩原井泉水に師事した、私の郷里の「山口県の防府」に「明治15年に生まれ」全国を、放浪し「昭和15年四国の松山で54歳の生涯」を閉じました。自然、ただあるがままに生きた、素朴さが私は好きです。先日「さんとうか」の話しをしましたら「次は、一等かや二等かの話もしてください」と笑われました(笑い)

駒ヶ根岳を愛した「山頭火」は、西行よりも芭蕉よりも良寛よりも、自分の生き方は井月に影響された放浪だと位置付けていました。先達として「井月」の生き様を理想にしたのでしょう。「山頭火」は、昭和9年春不運にも長野県飯田で、病に倒れました。井月のお墓は、美すず村(伊那市)の六道原にあります。

山頭火は、井月の墓に、酒を二合注ぎ

お墓 したしく
お酒をそそぐ

お墓撫でさすりつつ
はるばる参りました

駒ヶ根を前に
いつも一人でしたね

と山頭火は素朴に詠んでいる。

井月の墓標に「降るとまで 人には見せて 花曇り・・・・井月」とあった。放浪は俳人の井月に憧れて山口の家を飛び出した心がしのばれますね・「雨の日は、雨の音を聞き・・・風の日は風に吹かれた山頭火が、今もしのばれます。

その、山頭火は井月の墓に祈る「私の念願は、二つ・・本当の句を作り上げること・・そしてもう一つはころりと往生すること」だと云いました。

好きな句は・・・

山あれば山を観る

雨の日は雨を聴く

春夏秋冬

あしたもよろし

ゆうべもよろし

何とも・・草枕・・頑張り過ぎず。。天地自然のままが素敵ではないですか?

「分け入っても 分け入っても 青い山」
「うしろ姿の しぐれてゆくか」

何故か・・心に響いてきますね・・・感動しますね。感動できない人は・・・老いた証拠です・・老いないでね・・・いつも心は山頭火

みなさん・・誰でも一度は「山頭火の放浪の旅」や「男はつらいよのとらさん」に憧れます。人生のしがらみを捨て、飄然と旅に出るなんて素敵でしょうね。私も時々「山頭火や西行や井月の放浪の旅をしたいと思っています」最近のように混迷で先の見えない・・・不透明な今の時代・・暗いニュ-スに背を向けて旅立ちたいと念願するのです。しかし漂白を夢見たり、想う事と実践することは雲泥の差がございますどうか、今日皆さんとお話ができましたが・・「自然と共生して生きる大切さを感じて下さい」

吠えつつ犬が 村はずれまで 送ってくれた

ふくろうはふくろうでわたしはわたしでねむれない


「ここにても 雲居の桜咲きにけり ただかりそめの宿と思うに」という後醍醐天皇の御製と山頭火の句に重なるものを感じます・・・切ないまでの哀史が漂うのです。
「露の身は 草の枕に置きながら 風にもよもと 頼むはかなさ」と詠まれた後醍醐天皇の心中も、この山頭火の切なさも共鳴しているのではないでしょうか。

吉野の山が、雪に閉ざされ「水墨画」の世界に入りますと、「言問はん 人さへまれになりにけりわが世の末の程ぞ知らるる」という帝の儚さが・・・私は大好きなのです。

どうか、駒ヶ根の里は南朝と関わっていますこれからもたびたび旅に来てください。

  1. 2006/12/24(日) 11:19:14|
  2. 素心宮司の講話集
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:10

週間金曜日、遂に白旗か(笑)

ブログ『徒然日記』http://blogs.yahoo.co.jp/naojuv/45192608.html にて知ったのですが・・・
自らが主催した市民集会において、皇室を中傷する猿芝居(彼らに言わせると、『風刺コント』だそうですが)をやらかした
『週間金曜日』遂に、謝罪記事掲載に追い込まれたようで・・・

『週刊金曜日』発 読者のみなさまへ
http://www.kinyobi.co.jp/MiscPages/minasamahe061222
 本誌主催の緊急市民集会(11月19日)での皇室パフォーマンスの一部を批判した『週刊新潮』(12月7日号、11月30日発売)の記事を発端とした一連の経過と対応、見解文書をまとめるに至った経緯については、本誌12月22日号で紹介しました。
 以下は、その誌面に掲載した本社の見解表明文書です。

「11・19」緊急市民集会について

 このたび弊社主催の「教育基本法改悪、共謀罪、改憲」をテーマとした「ちょっと待った!」緊急市民集会(11月19日開催)に関し、さまざまなご意見・ご批判を受けましたことについて、下記のとおり見解を表明いたします。

       記

 集会は、教育基本法の改悪や共謀罪の新設、改憲といった潮流に対して反対する立場から、10人の出演者がそれぞれの思いを語ることをメインに開催したものです。その内容については12月1日号の本誌で紹介したとおりです。しかしながら、集会の中で演じられた皇室をめぐるパフォーマンスの一部に「人権上問題あり」と指摘・批判される表現・言動がありました。

 本誌はこれまで、皇室あるいは天皇制の問題について一切タブー視することなく正面から取り上げ、さまざまな意見・論評を載せることで、社会的な議論を深めるべく努力をして参りました。その一方で、人権侵害や差別につながる表現については、これを行なわない方針を貫いてきました。

 しかし、上記のパフォーマンスは、人権およびプライバシー上、一部の表現に行き過ぎや不適切な言動があったことで、誤解や不快の念を生じさせてしまいました。集会主催者として配慮を欠いたことを率直に反省しおわびするとともに、今後開催する集会等の運営には十分に留意をして参ります。

 言論・表現の自由は、民主主義社会の存立・発展のために、他の諸権利に優位するものとされています。弊社は今後も、タブーなき言論・表現活動が民主主義の成熟につながることを確信し、その実現のために努力していく所存です。

 2006年12月13日
                
『週刊金曜日』発行人・佐高 信


突っ込みどころはいっぱい有るけどね・・・






皇室パフォーマンスの一部を批判した『週刊新潮』の記事を発端とした


批判されたのは、パフォーマンスの一部ではなく、全部だと思うが?






>集会は、教育基本法の改悪や共謀罪の新設、改憲といった潮流に対して反対する立場から、10人の出演者がそれぞれの思いを語ることをメインに開催したものです。


教育基本法も、共謀罪も、皇室と何も関係あらへんがな






人権侵害や差別につながる表現については、これを行なわない方針を貫いてきました。

どの口が言った?自分と異なる価値観を持つ人間への攻撃はなかなか手厳しいようだが、それは人権侵害や差別に繋がる表現ではないのか?


この佐高 信氏、皇室侮辱パフォーマンスについて聞かれたとき、何と言われていたか。

「あくまで“さる高貴なお方の奥様”としか言ってないんですから。皇室の中傷などではありません。それは受け取る側の見方ですから。そんなこと言うなら核議論と同じで、こっちも封殺するな、と言いたいですね」

それが信念に基づく言葉なら、そのまま貫くべきだったのではないか。
このパフォーマンスについて、徒然日記さんのブログから引用すると・・・



週刊金曜日の北村肇編集長の話「パフォーマンスの内容は事前に把握していなかった。猿のぬいぐるみを赤ちゃんに見立てたり、病気を揶揄することはやってはならないことで、ましてや反論権のない皇族の方々を対象にすることは不適切だった」
(iza:産経新聞社)


このパフォーマンスは日比谷公園で初めて公演されたものでは無いという事だが。
やっぱ、どう考えても納得は出来ない。


しかしまあ、この人たちの正体が見えただけでも収穫だったかも知れません。

ところで、今日始めて
週間金曜日のHPを見たんだけど、上に堂々と書いてある文字が目を引きますね。


ウソ発見誌と。




確かにいろんな嘘が発見できそうだ。
この雑誌の中でなっ!!(怒)


転載元: おやじの独り言

  1. 2006/12/23(土) 23:12:59|
  2. 一刀両断(切り捨て御免)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:15

坂村真民師匠が逝かれた





「念ずれば 花開く」と坂村真民先生は・・「不言実行」を諭された・・その師匠がお亡くなりになった・・寂しさを噛みしめて、冥福を祈ります。先生は言われた「佐藤さん、良いと思う事を信じて行う事ですよ!・・真心ですよ」とポツリと言われた・・今も耳に残る。・・・涙がまた・・・込上げてきた。先生もう一度会いたかった 。



偉大なる坂村 真民先生・・詩人(自然との共生)の逝去を悼む。
森 信三先生から、坂村 真民先生から心の糧と生きる勇気を与えていただいた。「ありがとうございました」数々のお言葉が今・・・思い出され涙が止まりません。

12月11日、 坂村 真民先生が死去された。97歳の生涯を静かに閉じられた。葬儀は、お師匠さんらしく身内だけでひっそりと済まされた。先生は、熊本で生まれ・・愛媛県で国語の教師となり、詩人としても有名な方である。「二度とない人生だから」の詩に感動して・・・今から、15年前に愛媛の川のほとりの家を訪ねたのが師匠との出会いであった。

坂村真民先生は、佐藤さん・・「八木重吉を知っているかね」・・私は答えた「はい・・詩人ですね」・・先生は「花は何故美しいか?・・・・・一筋の気持ちで咲いているからだ」・・・「これに心打たれませんか?」と言われた・・・一筋に咲いている・・一筋に生きている・・すごい事ですよ・・・佐藤さん「何事も本気で生きなさい」・・・「本気で愛しなさい」と教え諭された。
そのあくる朝の未明に橋を渡った・・・薄暗い橋の中ほどで先生はつぶやくように祈られた。

私に、心のやさしい人間となれと・・教え導いてくださった、師匠がまた一人天国に旅立たれた・・・
寂しくて、今日は・・・涙が溢れる。

泣きながら「二度とない人生だから」・・二度とない人生だから 一輪の花にも 無限の愛を
そそいで行こう 一羽の鳥の声にも 無心の耳を傾けていこう・・・・・・・・

「念ずれば花開く」を

何度も何度も朗読しよう。・・「念ずれば花開く」事を信じて。


鳥は 飛ばねばならぬ

人は 生きねばならぬ

怒涛の海を

飛びゆく 鳥のように

混沌の世を 生きねばならぬ

鳥は本能的に

暗黒を突破すれば

光明の島に着く事を知っている

そのように 人も

一寸先は 闇ではなく

光である事を知らねばならぬ

新しい年を迎えた日の朝

わたしに与えられた命題

鳥は 飛ばねばならない

人は生きねばならない

        真 民


「真民先生と石笛」
私が「先生・・石笛を吹いて下さい」・・・と言うと真民先生は「ピィ-」と澄んだ音で・・一吹きされた。そして・・先生は言われた・・「佐藤さん・・石笛は素朴でいいね。「偉大な森信三先生は、石が大好きでしてね、よく、私の石笛を聞くためにタンポポ堂に泊まられたよ。森信三先生は、大きな石を買ったり、水石の高価なもの。飾ることでもなく・・・ただ、石の素朴な・・・石の声に耳を傾けられたんですよ。佐藤さん・・「石笛はね。上手く吹くというのでなく、石の声を聞くのですよ!」・・・・今も、しみじみと思い出す


「実践人」の田村先生からお誘いで、学校で「二度とない人生だから」の詩をテ-マにして、小学校の生徒達に、大ベテランの「女の先生」がされるのですが・・・佐藤さん見学に行きますか?とお誘いがあり、大阪の守口の滝井小学校に行った。もう既にOBだという先生の授業が始まった。

「二度とない人生だから」を生徒達に、次々に朗読させた、大きい声の子は「元気で読めましたね」・・小さな声の子は「この詩の心のようにやさしく読めました」と全員誉めながら・・・全員が読み終わったら・・・その女の先生は、おもむろに・・・一人一人に・・「あなた・・・二度とない人生だから・・何になるの・・・何をするの・・・」と言い出した。「子供達はきらきら輝かせた言葉」で、未来を語りだした。二度とない人生だから・・・どんな世の中になって欲しいの?・・・まず、一番身近な者たちに出来るだけの事をしよう
・・「あなた、・・そうねあなたの一番身近な人は、だあれ?」・・・授業を参観して涙が溢れた・・このような情熱のある先生がいてるんだと感動した。「実践人の会」に参加するようになった。


「新二度とない人生だから」

二度とない人生だから 一日でも長く生きて 世の為 人の為 何かをしよう

二度とない人生だから 母なる地球を 優れた星にするために

大宇宙大和楽の真言を 一ぺんでも多く唱えよう

二度とない人生だから 前向きに生きて 心眼を開き 感謝と喜びに燃えよう

二度とない人生だから 宇宙無限の気を吸引摂取して

悔いの無い人生を送って行こう

二度とない人生だから 日本民族の使命を知り 信仰と希望と愛に生きよう

二度とない人生だから 一つのものを求め続け 一念不動 花を咲かせ

実を結ばせ 自分の夢を成就しよう

二度とない人生だから 鳥達のように 国境の無い 世界を目指し 

共存共栄の 地球造りをしよう 

二度とない人生だから 華厳のお経が説くように 全ては心の置き所

気海丹田 ここで心を練り ここで呼吸をしてゆこう

(真民先生が、87歳の時の作)

世界が平和でありますように・・「核の無い」「拉致の無い」「戦争のない」世の中で、人々が自然と共生しますように・・・人々が神や仏や先祖を敬いますように・・・祈ります。

  1. 2006/12/18(月) 21:20:41|
  2. 宮司の照隅日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:20

拝啓・・・安倍総理様






安倍総理・・・貴方の任期は、一期だけの覚悟で「背水の陣」で何事にも「恐れず、怯まず、正々堂々誠実に、信頼と実行」で進まれたし!


拝 啓  安倍 晋三様

安倍総理、「支持率の上がり、下がりなど・・お気になさらず、先頭に立ち「日本のリ-ダ-」として毅然として、「粛々としてかつ、政治家としてやるべき「教育基本法の改正」「憲法改正」の大役をやりこなしてください。
安倍総理、自らが前面に出て、顔を見せ、声を出してください。国会であろうがどこであろうが、断じて書いた紙切れなど読まないで下さい。たどたどしくてもいい・・言葉が詰まってもいい・・国民は貴方の言葉を聴きたいのです。
「復党問題」も安倍総理、貴方が先頭指揮をとり、平沼、古屋、古川氏のような有能な自民党の有力者を復帰させるのは、誰もが望む事でした、中川幹事長に丸投げの形では、国民は、寂しいのです難しい仕事こそ、総理が泥をかぶるのです。「何も、誓約書や踏み絵などいらぬこと」安倍総理、これからが正念場です。

マスコミは、どんなにいい政治をしたところで、最初から「小泉は・・安倍は・・と「一国の首相」を呼び捨てにする品格の無い、ジャ-ナリストが多いのです。ですから、何をしようと、どうにかして足を引っ張り、総理の失敗を待ち望みます。いかに、評価を下げさせようかと、世論を誘導します。だから「毀誉褒貶」など気になさらず、岸信介総理、佐藤栄作総理のように・・「自ら信じた道」を、いかなる「困難」や、いかなる「抵抗」があろうとも突進して下さい。
「安保闘争」や「沖縄返還」の嵐の中でも、左翼は常に日本を破壊させようとしました。でも「悪は栄えませんでした」その時の「総理大臣」は「妥協せず毅然」と事に当たりました。佐藤、岸総理は歴史的にも、偉大な政治家でした。その当時の過激派やデモで暴れた連中が、企業の中で・・資本家の手先になり下がり金儲けに没頭し自分の信念も捨て、闘争者から敗北者の奈落に落ちて行きました。
「極左暴力集団」の暴挙は、歴史上大変な誤りであったことが証明されました。国民の負託を受けた安倍総理が、誕生しまだ何もしない時から「安倍おろし」をするような下劣な、新聞、テレビ、週刊誌の品格のなさに愕然としました。今回の「タウンミ-ティング問題」でも、国会、地方自治体や各種「株式会社の総会」等でも、もろもろのミ-ティングで「多々ある手法の一つ」です。総理はその責任をと思われますが、国民はそのようなことなど大きな問題ではないことを知っています。どうか「良いと思えば実行」して下さい。靖国神社は堂々と参拝してください。

「国民との対話」を求め「美しい国」を創りなす,心意気はいいのですが「わからない人間は,いくら対話しても通じない」事も知っておいて下さい。例えば,今の金正日体制での北朝鮮と「対話」などありません。聞く耳を持たない独裁国家です。だから「圧力」しかありません。教育問題でも、今の「日教祖」が「教育の荒廃」の原因である事は多くの国民が知っています。どこに、対話の道があるでしょうか?先生が寄ってたかり、10人・・20人で校長や教頭をつるし上げてきた姿を子供達が「いじめ」として受け継ぎ大人の真似をしているのです。「教育基本法」に従わない教師が、今度は「教育基本法の改正反対」などチャンチャラおかしいです。守りもしなかった教育基本法を、今更、擁護するとは片腹痛いと思う。
今、全国から国会周辺で病気と偽り、教育基本法の反対を叫び、月給を貰い長期休暇をとりまくり「国会」周辺にへたり込んでいる教師こそ排除せねばならない。日本の教育の再生はありません。どうぞ、信じた道を自信を持ち進まれますよう念願します。
本当は、激しい言葉でメッセ-ジを送りたいのですが、今回は「極めて穏やかに」コメントいたします。

安倍総理、私達は「貴方の誠実」さが好きです。しかし反面、周りに氣を配りすぎて、迷いともとられる「腹を見せない」大人しさが見え隠れいたします。貴方は、一国の総理です、どうか四方八方に気を使わず・・「ただ一期で、政治家を辞めてやる」と言う気迫で「背水の陣」で望んでください。
次の選挙で勝つためには、あなたが「優柔不断」になることではなく、「拉致問題」の早期解決をしたり「靖国神社」に堂々と参拝する「勇気ある安倍総理」の姿なのです。

安倍総理、いつまでもアメリカが日本を護ってくれると言う「幻想」は捨てて下さい。北朝鮮から、核ミサイルを撃ち込まれ7万人しんでから、「どうしたらいいか?」考えるような「泥棒を捕まえて縄をなうもどかしさでは不安です。麻生さん中川昭一さんは新権威日本を愛し、憂いています。中国やロシアの核保有の脅威の中で「日本を守るのは日本」です。そのためにもより早く「憲法改正」を国民は望みます。歴史の大きなうねりの中で、安倍総理・・どうか全身に鬼神を抱いて、「やるべきことを何者も恐れず、何事にも動じず」正々の旗、堂々の陣で進んでください。それが「吉田松陰」の「士気七則」に叶うものと信じます。

安倍総理、拉致問題に対して「被害者家族の悲しみ苦しみ」を真摯な態度で接し活動してきた、貴方の誠意を国民は知っています。今、もしも「錦の御旗」があるとすれば、拉致問題と靖国参拝そして教育改革
、領土問題でしょう・・これからも、勇気と粘り強さで、粛々と荒波を越えていかれますように期待しています。寒さも風当たりも益々厳しくなりますが・・「艱難辛苦よ我に来い!」という意気込みでお父さんが成されたかったお仕事を「誠意を尽くして」やり抜いて下さい。お身体くれぐれもご自愛くださいませ。
                                          謹 白

  1. 2006/12/18(月) 00:20:57|
  2. 公開用
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:14

日米合同の拉致被害者救出活動




「アメリカと日本で同時に、拉致の救出活動をしませんか?」・・・「何故ですか?」・・・「めぐみスト-リ-の映画を見て、自分達にも何か出来ないかと・・」・・「そうですか、では一緒にやりましょう」




「日米同時集会の開催」大成功!ワシントン・日本35ケ所

実施日時
平成 18年12月16日 午前10時~12時

実施場所
近鉄奈良駅 行基菩薩像前 

実施団体
「救う会奈良」ボランティア22名

実施方法
政府の認定者以外の特定失踪者で拉致の被害者と思われる人々のパネル掲示・配布・署名・募金活動

結 果
「めぐみ」の映画を見て泣いたという人などから、沢山の激励が飛び・・盛り上がりがあり成果があった。

「拉致問題が解決せずに・・平和日本はない!・・・独立国といえない!・・・先進国だと言えない!」

  1. 2006/12/17(日) 09:28:18|
  2. 公開用
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

「国際会議」への出席




北朝鮮による国際的拉致の実態と解決策・・「世界の12ヶ国以上での拉致被害者」

「国際会議」

平成18年12月13日午前9時30分開会

開会場所 「東京 都市センタ-ホテル 5階会議室」

 第1・・・セッション(世界に広がる拉致被害の現況)

 第2・・・セッション(日本、韓国、タイのそれぞれの救出活動の歩み)

 第3・・・セッション(総合討論)


内閣官房長官主催レセプション
各国大使

拉致議連
家族会
救う会全国協議会 幹事
特定失踪者調査会

  1. 2006/12/14(木) 22:31:41|
  2. 救う会奈良の活動
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:12

☆おばあちゃんと過ごした日☆

★☆★☆★☆★☆ばあちゃんと過ごした日★☆★☆★☆★☆

http://www.geocities.jp/private_rikiya/obaacyan

また、涙が出ちゃう。
わたしは優しく出来たかなぁ。
おばあちゃんは悔いのない人生送れたかなぁ。。。


転載元: 空を読む

  1. 2006/12/10(日) 19:14:07|
  2. 真実を語る
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:15

卑怯な、匿名の誹謗中傷書き込みと迷惑メ-ルの取締強化




「匿名の書き込み」や「迷惑メ-ル」で、人を「侮辱」したり、「名誉」を傷つけて喜ぶ「愉快犯」の「下劣な性格異常者」への怒り!司法官権は取締の強化を!


私が、ブログをはじめて、もうすぐ一年になる。「宮司さん、このブログ、名前も住所も全て公開して、大丈夫ですか?嫌がらせや、匿名とかで、攻撃されませんか?」とみなさんから、よく聞かれる。

私は「卑怯者や嘘つきが大嫌い」である。
だから、自分が何者かわからない状態で、自分の考えを訴える事は、「卑怯者」のすることだ、「他人を傷つける場合」もあるからこそ、匿名で書き込んではならないと考えている。

匿名で、さも知った風なことをコメントする人間のおぞましさ・・「いじめをして楽しむ無能者」に吐き気がする位に嫌悪を感じる。・・・だから・・誰も恐がらないでいい・・「正々の旗堂々の陣」を名乗り、顔を出してこれからも思いのたけを、書いていくのです。ですから、このブログに書き込む人は[顔なし]は,いないのである。匿名者は,居合道で「一刀両断」に「真っ向から切り裂き」削除する事を、しかと、約束する。



匿名での書き込みは、ほとんどが「2チャンネル系の名無しのごんべい」である。私は、相手が匿名の場合は、直ちに迷惑メ-ルと同じで「卑怯な下劣」なものとして削除する。今の時代に、治安当局が最も取り締まるべきは、2チャンネルでの匿名者であろう。名誉毀損とか、侮辱罪が横行している。警察は匿名者の行き過ぎで、相手を訴えている事件をどしどし「IP]や「ID]の強制的な閲覧を実施したり、捜索差押令状で、匿名者を捜索し、逮捕状を得て検挙していかねばならない。匿名での名誉毀損・侮辱・プライバシ-の侵害事件として、常にネットをチェックするべきである。

「捜査機関が、2チャンの匿名者を野放しにすれば、今回の・・子供の事故写真や被害者家族を誹謗中傷する書き込みも無くなる。表現の自由は、その個人が特定しうる範囲で自由であり、匿名者に自由も権利も無い。誹謗中傷や他人の名誉を傷つけたという、「犯罪の構成要件」を充足すれば「故意とか過失」に関係なく、名誉を傷つけられた事実で取締すべきで、直ちに捜査べきである。「名毀損や侮辱させる「認識ある過失」「未必の故意」の問題は論議すべきではない。例え、元神奈川県警の本部長の息子であろうと・・取締りに手心を加えてはならない。否むしろ・・・キャリアの息子だからこそ厳しく当たらねばならない。

とにかく、相手が見えない匿名の書き込みや迷惑メ-ルは読んだり開いたりせず・・「消去」あるのみである。「勝手に消しまくりして!」と怒るやからもいるが、自分の日記を「焼いて食べようと」「煮て食べようと」自由である。だから、匿名の馬鹿な書き込みはすぐさま消去すればいい。書き込んだり送ってくる迷惑メ-ルは、バスバスと消去する事であり・・そのように匿名で来る連中は、ネットでの強盗や窃盗犯のようなものである。そのぺ-ジが汚れたぺ-ジは破り捨てるのも快感である。

「荒らしをやる」ヤカラは、「気の弱い異常性格者」が多いので執拗である。「信念もプライド」も無いから、このような人々は何事にも卑怯であり・・弱いものいじめの常習者である。

「荒らし参上」など今回逮捕されたが、「IP]や「ID」を追及すれば、「匿名者の住所も名前」も明らかとなるのでこれからも「悪質な荒らし」をどしどし、逮捕してくれる事を望む。


2チャンネルの「ひろゆき」失踪逃亡!(現在、名誉毀損・プライバシ-の侵害、著作権侵害・侮辱罪、脱税違反)
西村 博之(ひろゆき)国税庁の国税職員の子供で、金持ちの子である。神奈川県相模原市に生まれ、幼い頃から甘やかされて育てられた。税金や賠償金で訴えられているが、「出頭しなければいい」と裁判所の出頭要請にも応じない。「裁判には暇だったら行く・・と笑う」父親が力があるから、警察も検事も手が出せない。・・・・政治家の河野洋平や河野太朗にも政治献金をしていると豪語している。西村を支援しているのも不思議である。許せない気がする。 
2チャンネルの管理人の「西村 ひろゆき」が巨大な匿名の掲示板を作り上げた張本人。ネット社会に有害なウイルスを撒き散らしている。「悪魔の巣窟」にした原因である。「誹謗中傷の坩堝」でこの男は、今・・・逃げまわしている。西村はいろいろな人から「名誉毀損」等で損害賠償を求められているが卑怯にも逃走中である。

警察もなめられている・・・先日の早稲田大の学園祭に顔を出したのに・・逮捕すべきであった。
堀江や村上よりもこの西村の罪は大である。この巨大匿名サイトの2チャンネルは、有害である。
西村が・・多くの人から訴えられているのにいつまでも逃げまわしている事は、人間としても最低で卑怯者だと思う。もしも、自分が正しいのであれば、賠償請求に応じるべきだろう。
「西村 ひろゆき」に対して、板倉日大教授は「西村氏を直ちに逮捕して・・・強制執行で賠償金を集金
しなければならない・・・西村が財産を隠したら「強制執行妨害」になり「公務執行妨害」となる。
板倉教授は、「なぜ2チャンネルのような有害サイトを野放しにしているのか?これまで損害賠償を命じた裁判所も、何故直ちに強制執行を行わないのか不思議である」という。

早稲田大学もこのような、日本を駄目にする西村 ひろゆきのような人間を、面白おかしく大学祭に呼ぶのだろうか?・・・「早稲田大も最近品格」のなさがうかがえる。

2チャンネルの管理者西村 博之が一日も早く逮捕される事を望む・・それでかなり匿名の書き込みも少なくなるだろう。西村氏の破産宣告を急がねばならない。

  1. 2006/12/09(土) 12:03:49|
  2. 一刀両断(切り捨て御免)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:20

おかしな小学校教諭、続報

事故にあった児童の写真をHPにのせて、告発された小学校教諭の記事続報が出てますね。

事故死児童写真の無断HP掲載、校長が全校集会で謝罪
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061205-00000003-yom-soci
 東京都○○市立○○小学校の渡辺敏郎教諭(33)が、交通事故死した子どもの写真などを自らのホームページ(HP)に無断掲載していた問題で、同小は5日朝、臨時の全校集会を開き、校長が児童に経緯を説明して、謝罪した。

 集会は非公開で、校長は「(渡辺教諭の行為は)とても許されることではありません。だから渡辺先生を先生としてみんなの前に立たせることはできません」と説明。「校長先生はそのことを渡辺先生にしっかり話してやめさせることができませんでした。本当にごめんなさい」と謝罪した。校長の話を聞き、泣き出す児童もいたという。

 渡辺教諭は5年生の担任を外され、現在は自宅待機となっている。


担任もしてる先生か・・・。
先生になっちゃいけないようなこの人、児童の前ではどんな先生だったんだろう・・・

さらに続報が。



<死亡児ネット掲載>出元不明の悲惨事故写真も 小学校教諭

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061205-00000011-mai-soci
 東京都羽村市の小学校教諭が、交通事故死した6人の子供に関する写真をインターネットのホームページ(HP)上に無断掲載していた問題で、写真の中には岩手県二戸市で00年、集団登校中の小学生の列に車が突っ込んだ事故の現場写真が含まれていた。他の写真は遺族作成のHPから顔写真を転載したとされるが、現場写真だけは出元不明。両親は「写真の掲載も許せないが、提供した人間のことを考えると体が震える」と憤りを隠せなかった。
 事故は00年11月、二戸市の県道で起きた。登校中の小学生9人の列に軽トラックが突っ込み、近くに住む(当時7歳)ら2人が死亡、6人が重軽傷を負った。運転手は酒を飲み居眠り状態で、業務上過失致死傷などの罪で懲役4年(求刑・懲役5年)の実刑判決を受けた。
 ○○さんの父と母は10月初め、別の遺族からの連絡で事態を知った。掲載写真には、○○さんの血痕とランドセル、軽トラックが残ったままで、警察官が1人写っていた。悲惨な場面に加えて、現場住所や事故の説明までがつけられていた。
 事故直後の実況見分の様子とみられるが、当時の新聞や、民事裁判のために持っていた刑事記録と照らし合わせても、これと同じ写真は見つからなかった。
 遺族側の番敦子弁護士は「通行人が撮影するのも不可能ではないが、大きな事故なので規制線の張り方も広いはずだ」と首をかしげる。「マニアからの投稿」などの見方も一部にはあるが、出元が分からないだけに、両親の衝撃や憤りは大きい。礼子さんは「事故現場の写真で閲覧者に想像をかきたてさせる気持ちがあったのではないか。遺族を傷つける行為で、とことん反省すべきだ」と話した。
 ◇教諭の実名公表…羽村市教委
 羽村市教委は4日、記者会見し、問題の教諭がHPに犯罪被害者の顔写真を掲載し、被害者を揶揄(やゆ)するような不適切な記載をしていたことを、今年6月の段階で把握していたことを明らかにした。また、この教諭について、渡辺敏郎教諭(33)と実名を発表した。角野征大教育長は「結果として教壇に立ち続けさせたことには、痛切に責任を感じている」と陳謝した。
 教諭は今年6月14日、愛知県警の家宅捜索を受け、翌15日に校長に報告。この際、渡辺教諭はHPに被害者の顔写真を掲載し、殺害方法や遺体の状況まで説明していた。校長は市教委へ報告したが、市教委は、捜索容疑が著作権法違反だったため「写真の転載が問題」と考え、犯罪被害者の写真を勝手に使うなど異常な行動には問題意識を持たなかったという。
 また、市教委や学校の誰も教諭のHPを閲覧していないという。校長が教諭と最後に話したのは最後の聞き取りをした11月30日で、現在は携帯電話に掛けても出ない状態という。



写真はどこから入手したのだろうか。やはり通りがかった人が写真に撮ったのかな・・・

こんな場面の写真を撮るなんて、どうかしてるな・・・事故現場の証拠写真は、警察なりに提出しなきゃダメだろ。

この写真を流出させた人も、捜査すべきじゃないかと思うんだが。


転載元: おやじの独り言

  1. 2006/12/06(水) 09:01:13|
  2. 何が、誰が日本を駄目にさせたか?
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:19

吉水神社に「献木」の依頼





桜の木を「献木」し「タイムカプセル」を埋めて、25年後に「夢との再会」をするという・・・何と、夢と希望に満ちた会社があるものだ!すばらしい勢いを感じる会社だと感動!


社長「桜の木を、吉野の吉水神社に献木したいと思いますが・・いいですか?」
宮司「山桜ですね」
社長「そうです」
宮司「吉野ですからシロ山桜ですよ」
社長「そこでお願いなんですが・・」
宮司「何ですか?」
社長「その下に、タイムカプセルを埋めさせてもらってかまいませんか?」
宮司「大きなものですか?」
社長「いいえ、小さなものです」
宮司「そうですか、だったらかまいませんよ」
社長「ありがとうございます。来年の春に植樹に参ります」


株式会社 ヒュ-マンフォレストの社員一同が、「25年後の自分」という題て、自分にメッセ-ジを書き、25年後に開き、みんなでタイムカプセルを開こうという。何と夢のある会社であろうか。社長の発想の豊かさや、社員への思いやりもある。元気のある会社だと承諾した


2007年4月14日(土)桜の花の真っ盛りに植樹をして、2031年11月1日(土)午前九時にタイムカプセルは掘り出され「夢との再開」をするのだ・・・・残念だが、おそらく宮司は、大病もしているので生きていないと思うので、境内の桜に記念樹の趣旨を記録しておこう。

社長の名は、「川人 正臣」という。「素晴らしい会社であり、素敵な夢を持つ社長であると感動した
今、山や森が乱開発や温暖化で樹木が弱り自然が寂しい時に、植樹によるタイムカプセルの発想がタイムリ-で感動し喜んで承諾した。吉野山全体にも昔のように、国民がどんどん桜の木を「献木」して下さったらもっともっとすごい、夢のような吉野の桜になるだろうと・・・・夢を膨らませた。

ヒュ-マンフレストという会社名は、「人間の森」というのである・・今の日本の甦りに、自然の再生に大切な会社であると確信した。

  1. 2006/12/04(月) 22:25:57|
  2. 明るいニュ-ス
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:8

中東 弘先生の講話





春日大社 ・元権宮司 中東 弘先生の講演に感動!

(講演の概要)
日本の精神は・・・「結びの精神」です。だから今こそ、日本古来の精神性が世界から求められています。
「日・・出る国の日本・・神の国日本」の素晴らしい国に「自信と誇り」を持たなければならない。

大和言葉は美しく・・「世界の宝」でも有ります。これほどまでも豊かで美しい言葉は、どこの国にも無い。外国の人々が、大和言葉に感動しています。

混迷する、日本のこのひっくり返りの時代に・・人間は、何をなすべきか?物質文明が作り出した「心の荒廃」と「自然破壊」による地球の温暖化を、いかにくいとめるか・・・・それは「自然との共生」しかない。
古来「日本の神道」は、「自然崇拝」であり木や草や花や、・・・・山も滝も石も風も太陽も神として敬い恐れ、畏敬の念を持って敬った。祖先の人々は、自然との共生の歴史とも言える。この自然崇拝を忘れてはならない・・・天津神・・国津神八百万の神々を畏敬しなければならない・

森や山は、神域として犯さなかった、しかし、近代では、山や森を切り開き、住宅を立て、ゴルフ場をたくさん造成して、神域が侵され、静にそこで暮らしていた動物達も居り場を失い里に現れるようになった。昔の人々が神域としてあがめてきた聖域も、徐々に犯されてきつつある。

穢れ、と言う言葉が持つ本質は、「木が枯れる」の語から起きている・・・即ち、森や山が削られ木が枯れていくことは・・・「ケガレ」なのである。ケガレは「氣枯れ」であり・・病気や災害が起こることである。
自然破壊で、神の霊気を根絶やしにすることで、人々も病んで行く。神様を奉り拝み祭りをすることで人々は、神様から元気を貰って来た。

古来、日本人が行ってきたこと、「産湯」も「湯かん」も本当は全部、祭り事です。「ゆ」というのは温かいお湯を使いますが・・語源は「斎」を「ゆ」と読む言葉から起きています。「斎庭」を「ゆにわ」と読みます。ですから人々が生まれて死ぬまで、神道と関わってきたのが日本です。「宮参り」や「七五三」「厄払い」「病気平癒」そしてめでたい「結婚の儀」・・・・・そして「ゆかん」まで・・人の一生は、神とのかかわりが深いのです。しかし最近それを、疎かに考え始めた、人々が神からはなれ獣に近くなったら、殺戮と憎しみ合い、いじめあうようになるのです。

人間は、限りなく自然と共生し・・山を森を回復しなければおそらく2012年は乗り切れません。このまま温暖化が進むと・・生物の命が保てないのです。・・・米を大事にして下さい・・・米を大事にすることは・・森を大事にして下さい・・・山を大事にして下さい。


最近の事件事故を見ていると、物の豊かさとは裏腹に心のケガレ「氣枯れ」を感じる。神社を拝みそのたび蘇生し、穢れた自分から本来の氣にもどさねばならない。「祭」は、元気を与える源です。祭りにこざと偏を書くと「際」という字になります。「きわ」とも「さい」とも読みます。階段を登り神に近付く、接点です。

後半の講演内容 省略

最後に、中東先生から、「佐藤宮司、あなたは、正しいことを正しいと言い、勇気があるので、吉野の吉水神社には適任の宮司さんです。これからも、いかなることにも屈することなく、人々の為に活躍してください。さらに、宮司として神様に恥ずかしくない神職として頑張って下さい」と激励をいただき感激した。

  1. 2006/12/04(月) 09:36:43|
  2. 古神道の謎(心霊現象・怪奇現象)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:15