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佐藤一彦一日一語

吉本の岡本社長の会見をみて思ったこと。

吉本の岡本社長の会見をみて思ったこと。



「何だ?これでも吉本興業の社長か?」と思った。



第一に「一度出した決断」を

トップが撤回するほどなら

「解雇」など初めからするな!



そして、痩せても枯れても

大の男が

テレビの前でメソメソ泣くな!



まだ未熟な人は、あの嘘泣きに騙されるけれど

宮司ぐらいになると本物の涙か

テレビの前の人を意識して「ウソ泣き」の涙か?

ちゃんと区別できる・・あれは計算された涙であり。



泣いた後、ハンカチで目をこするから赤くなるのだ!



そんなものに騙される人が多すぎる

詐欺の被害者はもっと泣き 自殺者も出ている。



大きな器の男がする事ではない。



では、どうするべきか?



「部下の責任は、社長の責任です!

全国の吉本フアンのみなさんご迷惑をかけました」

宮迫たちの責任ではなく、

部下の管理、把握ができなかった社長の私の責任です。

今日、只今をもって岡本は辞職致します!」でいいのです。



何が、会長、社長の50%の減給か?

意味不明ではないか?



何じゃ・・ごちゃごちゃ何時間も言い訳しているんだ!



「対局で物事を考えたらあかん!」



「宮迫が悪い!」何で社長に断りなく、詐欺の片棒担いだのか?

「あんたが悪い!」



「岡本社長が悪い!」何で宮迫たちの好き勝手にさせた管理不足

「あんたが悪い!」



大局的に見たら両方が悪いのである。



だから双方痛み分け

「どちらも辞職するべきなのである」



宮司は厳しいようだが

「男がメソメソテレビの前で涙を見せる姿」を見たくもない



第一潔くない!



議員でもテレビの前だけ泣いたふりをする奴に、碌な奴はいない!





吉本は「詐欺被害者」の事は、あまり考えてないようだが





吉本は、社長を変えないと・・・いずれ崩壊する。

斜陽の「ヨシモト」となるだろう。



ウフフ・・・笑ってられないぞ!!



もっと社長がウソ泣きする暇があれば



社員を大事にするべきだろう。







もっとヨシモトは、部下を把握し大事にしろ



社員をぼろ布のように扱うんじゃねえ!



自分の減俸が悲しいのか?

みっともないから泣きまねするな!
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  1. 2019/07/25(木) 08:55:01|
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山本太郎とヒットラーのアジ演説の手法が似ている



「山本太郎」が落選したことは

「神の思し召し」

「神の采配」だと喜び

感謝しています。



山本太郎氏に投票した人は、

「日本人の愛国心」と

「日本人の誇り」を見失っていると思う



天皇陛下に対して「直訴」をした男を

無礼な奴だと笑って済まされない。



「竹島の一つくらい韓国にやればいい」と

ほざいた男を何んとふざけた野郎だと

笑って済まされない。



國会に喪服で数珠を持ちパフォマンスした

「品格」のない男に国民の一人として

駄々っ子のいやらしさを感じて

笑って済まされない。



今回の参議院選挙でのアジ演説では

確かに「絵に描いた餅」でいろいろと

良い事ばかり羅列したけれど

「巧言令色少なきかな仁」だと

見破った。



確かに表面しか見えない、外見しか見えない

軽薄な人々には、面白おかしく政府批判に

拍手をしただろう。



誰でも良い事はいくらでも言える

しかし現実はそうはいかないのだ



とにかく山本太郎氏が当選しなかったことは

わが祖国のために良かったと

胸をなでおろしている。
  1. 2019/07/25(木) 08:51:56|
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わびとさびで「わさび」・・・字は「和茶美」

日本が日本であるために
帰りたい「縄文の心」の時代へ

神さまが集い、
神様が謀りに謀りて「令和」と
御定めになったのだから。

「神の命令」ではなく、戦後見失ってきた
「日本の魂」を取り戻したい。

まずは「万葉の心」へ

「令和」の時代は、日本の蘇り再生の時代なのだ
そうあるべきだと祈る。

🍵お茶の心・お花の心・和歌の心
舞の心・能の心・雅楽の心

今日は、まず最初に

「わびとさび」を大切にする日本

「おもてなしの心」を大切にする日本」

宮司の口癖は
「自分の事はさておいて 人にやさしくなる日本」

🍵「お茶の心」のはしりだけでも
簡記して、書き留めておきたい。

🍵 和 敬 静 寂(茶道の心)🍵
わ  けい せじゃく
和敬清寂
茶道で、主人と客が互いの心を和らげてつつしみ敬い、茶室の品々や雰囲気を清浄な状態に保つこと。
千利休の茶道の精神・境地を表した語。
「和」「敬」はともに主客の心得を、「清」「寂」は茶庭・茶室・茶器などに関する心得をいう


🍵「和敬静寂(わけいせいじょく)」の四字を、

茶道の本体としてものに処していけというので

和、敬、清、寂の一字一字に深い意味がある。

そして実に茶道ばかりでなく全て、この四字には幽玄なところがある。

珠光は「謹啓清寂」といっていたのを、

利休は「和敬清寂」として、

この4つの題目を茶道の本体となし、

茶事の華美に流れることを

固く戒めたとのことである。

🍵「和敬清寂」の茶の心

「和」は和合の和、調和の和、和楽の和であって、聖徳太子の17条憲法で「和を以って貴しと為す」と言われている心。

和して互いに茶事を楽しむところにこの和の意味があらわれている。

「敬」は自己に対して慎み、他人に対して尊敬することである。
他人の人格を尊重するというのであるが、他人ばかりではない。
全ての事物に対しても同じことがいえる。

茶室においても主客相和し、相敬するばかりでなく、床の掛け物も、茶入れも茶碗も、みな、それぞれに敬意をもって相対することを忘れてはならない。

高僧の墨蹟や、貴人の賓客に対して敬するのはもちろんの事、いかな
る食器膳椀に至るまで、敬意を表して鄭重に取り扱うのがこの敬の精神
である。

「清」とは、清潔,清廉の義であって、物と心との清浄潔白をいいあら
わしたものである。全てのものを清浄にする。

古い、けがれのあるものは大の禁物である。露地の掃除から、茶室の掃除、新しい花、新しい茶、新しい茶巾を用いるのである。

茶入れと茶碗とは、寂びの上から、古雅なものを好むけれども、よく拭いて、清浄にして使用する。心も清浄にする。

雑念を起こしてはならない。少しもわだかまりのない、すがすがしい心で茶事をなすのである。

🍵<茶事の六根清浄>

目には、露地の清楚な風致を眺め、茶室に入れば、床に掛けられた軸物、花入れに生けられた花のきれいな風情を見る。

耳には、つくばいに流れる筧の音を聞き、茶室に入れば、釜の沸く音の松風に通うのを聴く。
鼻には名香のにおいをかぎ、

舌には、茶菓の妙を味わい、

身には、いろいろの道具に触れて幽玄の触感に満足し,

意には、清浄無垢の仙境に遊ぶ。

これを茶事の六根清浄と言い、また茶禅同一味の心境といえる。

「寂」とは寂静、閑寂の義であって、茶が「寂びの芸術」
として大成しているのも、この寂の一字にあるからであるこの寂には深い意味がある。

涅槃寂静といい、空寂、寂滅、寂滅為楽などといって少しもけがれがない、清浄無垢、真空無相のところで、大乗仏教の根本思想といわれる「空」の意味であり、禅の公案として有名な趙州の「無」もこれをいうので、禅の真髄ともなり、茶道の真骨頂も、この寂の一字に帰結するといっても過言ではない。

清も寂もともに宗教的な意味が深く、これは本当に法喜禅悦を得た人でなくては、その真意を解することはできない。

🍵和敬清寂(わけいせいじゃく)


佗び、さびの精神を尊び、茶禅一味をめざす茶道家に最も親しまれる
語であるが、その一字一字にもまた深い意味が汲める。

●和
和気あいあい、仲むつまじいということを超えて肝胆相い照らす調和、
大和のこころ。殊に仏教では和合を第一とされ、これを乱すものは  
教団より追放されたほどである。

●敬
敬礼というのは封建社会のイメージがあるが、たがいに敬びあい、 
おがみ合う仏教的精神である。

●清
汚れなき清らかさ、清楚さ。利休はきれいに掃き清められた茶席の
庭に小枝をゆすって木の葉を散らしたという。散葉がちらっとあって
清ら かさが一層浄浄感を添える。

●寂
静寂、閉寂、しずか、さび。寂滅は仏教、大乗禅の究極の目標である

画像に含まれている可能性があるもの:テーブル、室内
  1. 2019/07/02(火) 09:39:43|
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「文月の歌会」(いざなう)吉野で万葉人に帰る

「文月の歌会」(いざなう)

☆彡 「七夕の宵」に 吉野で「万葉人」に帰る!

参加者には、全員 宮司の「色紙」 
(勇気・希望が湧く言霊)贈呈

(若短歌)「令和」煌めく
あたらしき 「令和」煌めく 星二つ 
太古の光  天の川澄む
(素心)
皇紀2679年(令和元年)7月1日

『奉祝 天皇陛下 御即位』を寿(ことほ)ぎ

國軸吉野(えしぬ)の吉野皇居から
お江戸の「皇居」に遥拝し

短冊と筆は準備します。

「七夕祭 若短歌を奏でる会」の開催について
(案内・連絡)

みだしの事につきまして、次の通り実施いたしますので
ご案内申し上げます。

          記  

日時 令和元年 7月6日(土曜) 午後3時00分~

場所 世界遺産 南朝皇居 吉水神社 「玉座の間」  
素心庵にてお茶会

奈良県吉野郡吉野町吉野山579
(駐車場あり)

参加資格
   老若男女を問わず自由参加

  むつかしくないです、空を見ていたら
  浮かんでくる短歌を短冊に書くだけです。
     

参加希望者の連絡先
吉水神社 0746-32-3024

画像に含まれている可能性があるもの:4人、、大島三奈さん、宮本 さえ子さん、佐藤 一彦さんなど、室内
  1. 2019/07/01(月) 21:33:15|
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文月

「文月(ふみ月)」の月次祭に宜給ふ!
令和元年 7月1日の今朝は
「ふみ月」の月次祭つきなみさい)を斎行いたしました。
文月は、「ふつき」「ふづき」「ふみづき」とも詠みます。
文月の語源は「暦の上では、すでに秋に入ります。
歳の後半に突入です。
七夕(五節句)の日に星屑を眺め、月を見上げ短冊に
「歌をしたため」詠み交わしたことに由来します
万葉集の時代から、「文月」の月は
「和歌(短歌)」を奏でたり、それぞれの人が思いの人に
長い、長いお手紙を書いて、忍ぶ心を伝えてきました。
現代はメールでちょこちょこっと送りますが
これではなかなか思いは伝わりません。
昔は、巻紙でていねいに筆で書き送ったものです。
巻紙の色、墨の濃淡文字の大小などで、
いかに相手を思いやるかを伝えてきたのです。
七夕の天の川を見上げ、
彦星と織女姫が
一年に一度出会える、
遠距離恋愛に胸を躍らせ、
わくわく。ドキドキしながら
短冊に歌をしたためて
優雅に生きてきたのが
日本と言う國なのです。
縄文時代から、日本人は優雅にゆったりと
自然と共存共栄してきました。
日本は、なんとロマンチックで
素敵な國なんでしょう。
改めて、令和元年の後半を、天皇の御代が常葉二に堅葉に
千代に八千代に続き、四方の国民の方々が恙なく
禍事(まがごと)なく幸せな日々でありますようにと
祈ります。
修理固成(つくりかためなせ)
神の依さしの須米呂伎(すめろぎ)の國ここに天津神(あまつかみ)諸々(もろもろ)の命(みこと)もちて
伊邪那岐命(いざなぎのみこと)伊邪那美命 (いざなみのみこと)二柱の神「このただよへる國をおさめつくりかためなせ」とのりて、天(あめ)の沼矛(ぬぼこ)を給(たまひ)て、ことよさしたまひき
  1. 2019/07/01(月) 09:54:19|
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